
認知症かもしれない高齢入居者、家族と地域につなぐ見守りの進め方
「先週も同じことをお話ししましたよね」と、言いかけて飲み込んだことはありませんか。
同じ問い合わせの電話が、月に何度もかかってくる。郵便受けからチラシがあふれている。ゴミ出しの曜日が合わなくなった。隣の部屋の方から「夜中に廊下で立っていた」と相談が入る。
ひとつひとつは、誰にでもあることです。でも重なってくると、ふと手が止まりますよね。気にしすぎだろうか。でも、何もしないままでいいのだろうか。 医療の専門家でもない自分が、どこまで踏み込んでいいのか分からない。そのもやもやを抱えたまま、次の業務に戻ってしまう——そんな日があると思います。
ここは、正解が一本に決まらない領域です。だからこそ、自分の役割の線引きをはっきりさせておくと、ずいぶん動きやすくなります。一緒に整理していきましょう。
結論:管理会社の役割は、診断することでも介護することでもありません。気づいたことを事実として記録し、家族と地域の窓口につなぐことです。順番は、①決めつけずに事実だけをメモに残す → ②緊急連絡先・ご家族へ連絡する → ③市区町村の地域包括支援センターに相談する → ④オーナーと情報を共有する → ⑤日常の見守りの形を決める。今日できるのは、①の「気づいたことを日付つきで1行書く」ところまでで十分です。
何が起きているか
まず知っておきたいのは、これがあなたの物件だけで起きていることではない、ということです。
日本では単身の高齢世帯が増え続けていて、賃貸住宅にお一人で長く暮らす方も珍しくなくなりました。持ち家に住んでいれば近所づきあいのなかで気づかれることも、賃貸の集合住宅では気づかれにくい。ご家族が遠方にいて、年に数回しか顔を合わせない、というケースもよくあります。
そして、認知症は、ある日を境に急に始まるものではありません。少しずつ、まだらに進みます。しっかり受け答えができる日もあれば、同じ話を繰り返す日もある。だから周りは「気のせいかな」「今日は疲れているだけかも」と思いながら、判断を先送りしてしまいます。ご本人も、自分の変化に気づいて不安を感じながら、それを人に言えずにいることが少なくありません。
そのなかで、管理会社は「最初に気づける立場」にいます。家賃の入金、郵便物、共用部の様子、更新書類のやりとり。定期的に接点があって、以前の状態を知っていて、変化に気づける人。ご家族より先に、私たちが気づくことは実際にあります。
これは重い立場のようですが、裏を返せば、専門家につなぐ入口を持っているということでもあります。私たちが治すわけでも支えるわけでもありません。気づいて、つなぐ。そこまでが私たちの仕事です。
具体例:どこで気づくか

特別な見回りを増やさなくても、ふだんの業務のなかに気づくきっかけはあります。よく変化が出るのは、次の3か所です。
郵便受け:郵便物やチラシがあふれたまま何日も片づかない。督促や重要書類の封筒が開けられずに溜まっている。以前はきれいにしていた方であれば、これは分かりやすい変化です。
ゴミ出し:収集日と違う日に出される。分別が以前と変わった。ベランダや玄関前に物が増えてきた。曜日の感覚は、変化が出やすいところです。
家賃:これまで一度も遅れなかった方の入金が、月末になっても確認できない。振込を二重にしてしまう。金額が中途半端になる。支払う気持ちがあるのに手続きだけがうまくいかないという形は、経済的な滞納とは様子が違います。
このほかにも、電話で同じ問い合わせが繰り返される、鍵の紛失が続く、更新書類が返ってこない、季節に合わない服装で外にいる、近隣から「夜中に物音がする」「話しかけられた内容が噛み合わない」と相談が入る、といったサインがあります。
ただし——ここが大切なところです。これらはあくまで「気になる出来事」であって、認知症の証拠ではありません。体調不良、うつ、薬の影響、聴力の低下、単に忙しかっただけ。理由はいくらでもあります。診断ができるのは医師だけです。私たちは判断せず、見たこと・聞いたことだけを書き留めます。
具体例:記録の残し方
つなぐときに一番役に立つのが、日付つきの事実の記録です。ご家族に伝えるときも、地域包括支援センターに相談するときも、「なんとなく心配で」より「いつ・何があったか」のほうが、相手が動きやすくなります。
書き方は簡単です。評価を書かず、事実だけを書く。これだけです。
【入居者見守りメモ】◯◯マンション 203号室 ◯◯様(管理担当:◯◯)
7/12 14:20 ご本人より電話。「エアコンが動かない」とのご相談。
訪問し確認、リモコンの電池切れ。交換で復旧。
7/19 10:05 同内容のお電話(エアコンが動かない)。訪問時は正常稼働。
8/01 8月分家賃、期日に入金確認できず。8/03に2か月分の入金あり。
8/02 09:30 202号室◯◯様より「深夜1時ごろ、廊下に立っておられた」とご相談。
8/03 11:00 集合ポストに郵便物が溜まっている状態を確認(前回確認は7/20)。
避けたい書き方はこちらです。
- 「認知症が進んでいる様子」→ 診断は私たちの仕事ではありません
- 「だいぶ危ない感じ」→ 主観だけが残り、あとで使えません
- 「困った入居者」→ 記録は誰かの目に触れる可能性があります
事実だけを並べておくと、時間が経ったときに「変化があるかどうか」が自分でも見えてきます。逆に、しばらく何も起きなければ「気のせいだった」と安心できます。この記録は、決めつけないために書くものでもあるのです。
記録の様式は、クレーム対応履歴の残し方、後で活きる記録テンプレの作り方で使っている台紙をそのまま流用して構いません。新しい仕組みを作らないほうが続きます。
具体例:ご家族に連絡するときの伝え方
記録がいくつか溜まったら、緊急連絡先やご家族へ連絡します。ここが、いちばん言葉に迷うところですよね。
大事なのは、こちらの見立てを言わないことです。「認知症ではないでしょうか」と切り出すと、ご家族は身構えます。否定されて話が終わってしまうこともあります。伝えるのは、起きた事実と、心配している気持ちだけにします。
電話でお伝えするときの例
お世話になっております。◯◯マンションの管理をしております、
◯◯不動産の◯◯と申します。
203号室の◯◯様の件で、緊急のご用件ではないのですが、
一度お耳に入れておきたいことがありましてお電話しました。
いま少しだけお時間よろしいでしょうか。
実は先月から、設備のご相談で同じ内容のお電話を数回いただいたり、
郵便物が溜まったままになっていることがありまして。
お家賃も、これまで一度も遅れたことがなかったのですが、
先月は少しご入金が遅れておりました。
どれも大きなことではありませんし、
お体の調子や、たまたまお忙しかっただけかもしれません。
ただ、以前と少しご様子が違うように感じましたので、
ご家族にもお伝えしておいたほうがいいかと思いまして。
もしよろしければ、近いうちに一度お顔を見に来ていただけると
安心かもしれません。
こちらでも、何か気づいたことがあればご連絡いたします。
ポイントは3つです。
- 「緊急ではない」と最初に言う。ご家族の心拍を上げずに本題へ入れます
- 診断名を出さない。事実と「以前と様子が違う」までに留めます
- こちらから動いてほしいと迫らない。「顔を見に来ていただけると安心かも」くらいの温度にします
ご家族も、薄々気づいていて、どうしていいか分からずにいることがあります。そこに責める調子で連絡すると、話が閉じてしまいます。味方として連絡していると伝わることが、いちばん効きます。
具体例:地域包括支援センターに相談する
ご家族と連絡がつかない、あるいはご家族も遠方で動けない。そんなときの相談先が、地域包括支援センターです。
地域包括支援センターは、市区町村が設置している高齢者の総合相談窓口です(自治体によって「高齢者あんしんセンター」などの名称のこともあります)。保健師・社会福祉士・主任ケアマネジャーといった専門職がいて、介護保険の相談、健康や暮らしの相談、権利を守るための相談などをまとめて受けてくれます。
管理会社にとってありがたいのは、次の点です。
- 相談は無料で、ご本人やご家族でなくても相談できます。近隣住民や管理会社からの「気になる方がいる」という相談も受け付けています
- どこに相談すればいいか分からないときの入口になってくれます。医療が必要なのか、介護保険の申請なのか、別の窓口なのかを一緒に整理してくれます
- 必要があれば、専門職が訪問して様子を見てくれることがあります
担当の圏域は住所で決まっているので、「◯◯市 地域包括支援センター」で検索して、物件の住所を管轄するセンターを調べます。この連絡先を、物件台帳に一行書いておくだけでも、いざというときの動き出しが違います。
相談するときは、先ほどの記録をそのまま読み上げれば大丈夫です。「認知症だと思うんです」ではなく、「こういうことが続いていて、どう考えればいいか分からず相談しました」で構いません。判断は向こうの専門です。
個人情報の扱いが気になるとき
「入居者の情報を外部に話していいのか」——ここで手が止まる方は多いと思います。とても真っ当な感覚です。
原則として、個人情報を本人の同意なく第三者に提供することはできません。ただし個人情報保護法には、人の生命・身体・財産の保護のために必要があり、本人の同意を得ることが困難なときは例外にあたる、という定めがあります。ご本人の安否や安全に関わる相談は、この考え方に沿って判断されることになります。
とはいえ、迷いながら一人で決めるものでもありません。実務としては、次の順で考えると落ち着きます。
- まずご本人に話せないかを考える。「ご家族にご連絡してもよろしいですか」と直接聞ければ、それがいちばん確実です
- 次に契約書に記載された緊急連絡先へ。もともと、こうした場面のために預かっている連絡先です
- それも難しく、安全に関わる心配があるときに、地域包括支援センターへ相談する
- 判断に迷う場合は、社内の上長・オーナーに共有してから動く。一人で抱えないことが大切です
伝える内容も、目的に必要な範囲に絞ります。心配していることに関係のない情報まで話す必要はありません。
影響:知っておくと、慌てずに済むこと
すぐに退去してもらうという発想にはならない:賃貸借契約の解除は、当事者の信頼関係が壊れたと言えるほどの事情が必要とされるのが基本的な考え方です。認知症の症状があること自体を理由に契約を終わらせるのは、実務上も難しく、また私たちが目指すところでもありません。ここで考えたいのは「出ていってもらう方法」ではなく、このまま住み続けられる形をどう整えるかです。
判断が難しくなってきたときの制度がある:契約や財産の管理が難しくなった方を法的に支える仕組みとして、成年後見制度があります。家庭裁判所が後見人等を選任する制度で、申立てができるのはご本人・配偶者・四親等内の親族などです。ご親族がいない場合などに、市区町村長が申し立てる仕組みもあります。管理会社が申立人になることはできませんが、「そういう道がある」と知っていれば、ご家族や地域包括支援センターとの話が前に進みやすくなります。
近隣からの相談には、別の配慮がいる:「隣の方、大丈夫なんですか」と聞かれたとき、詳しい事情を説明することはできません。かといって「何も問題ありません」と突き放すと、相談してくれた方が孤立します。「お知らせいただいてありがとうございます。こちらで確認して対応します」と受け止め、対応の中身は言わない。この線を守ると、どちらにも誠実でいられます。近隣対応の考え方はクレーム・近隣トラブル対応の基本と、つまずきやすい落とし穴にもまとめています。
火の元と水まわりは、早めに手を打てる:コンロの消し忘れや、蛇口の閉め忘れによる漏水は、実際に起こりうる心配です。いまの家庭用ガスコンロには消し忘れ消火や過熱防止の安全装置が標準で付いていますが、古い機器がそのままになっていることがあります。設備の更新時期を確認しておく、あるいはオーナーと相談してIHへの交換を検討する。これは入居者を疑う話ではなく、建物側の備えとして自然に進められます。
支援を組み合わせる選択肢が広がっている:住宅に困っている高齢者などの入居を支える仕組みとして、都道府県が指定する居住支援法人や、自治体ごとの居住支援協議会があります。近年は法改正により、見守りなどの支援とセットで住まいを提供する仕組みの整備も進んでいます。制度の名称や内容は自治体・時期によって異なるため、物件の所在地の自治体窓口で現在の取り扱いを確認するのが確実です。
あなたは介護の担当者ではない:ここも、はっきりさせておきたいところです。買い物に付き添う、通院を手伝う、毎日様子を見に行く——気持ちとしては分かりますが、それを続けると業務が回らなくなり、あとから引き継げなくなります。私たちの仕事は、専門職につなぐことと、住まいを保つこと。線を引くのは冷たさではなく、長く関わり続けるための現実的な工夫です。
明日やること
全部を一度に整えなくて大丈夫です。まずひとつだけ。
- 気になっている入居者が一人でも思い浮かんだら、これまでに気づいたことを日付つきで書き出してみる(思い出せる範囲で構いません)
- 物件の住所を管轄する地域包括支援センターの名前と電話番号を調べて、物件台帳に一行書いておく(今日の時点で心配な方がいなくても、これはやっておく価値があります)
- 高齢の入居者の契約について、緊急連絡先が今も連絡のつく番号かを、更新のタイミングで確認する段取りにしておく
このうち2つ目は、5分で終わって、しかも一生使えます。迷ったらここからです。
チェックリスト
気になる入居者がいるときに、上から順にたどれる形にしました。すべてを埋める必要はありません。
- 気づいた出来事を、日付つき・事実のみで記録しているか(診断や評価は書いていないか)
- その変化が「いつごろから」なのか、記録から分かるか
- ご本人に直接、ご様子をうかがう機会を持てているか
- ご本人に「ご家族に連絡してよいか」を確認できたか
- 契約書に記載された緊急連絡先が、今も有効な番号か確認したか
- ご家族へ連絡するとき、診断名を出さず事実だけを伝える形になっているか
- 「緊急ではない」と最初に伝え、相手を身構えさせない切り出しになっているか
- 物件所在地を管轄する地域包括支援センターの連絡先を把握しているか
- 外部に相談する範囲を、心配ごとに必要な情報に絞れているか
- 社内の上長・オーナーに状況を共有し、一人で抱えない形になっているか
- 近隣からの相談に、感謝を伝えつつ個別事情は伏せる対応ができているか
- 火の元(コンロの安全装置の有無)や水まわりの設備の状態を確認したか
- 対応した内容を、担当者が変わっても引き継げる場所に残しているか
よければ、こちらも
高齢の方の入居を受け入れる側の備えは高齢者の入居申込、断る前に整える受け入れ体制の作り方に、連絡が取れなくなったときの手順は連絡が取れない入居者への対応、安否確認まで段階を踏む手順にまとめています。緊急連絡先や保証人へ連絡する場面は連帯保証人へ連絡する前に、整理しておきたい事実と伝え方を、万が一のあとの手続きは入居者が亡くなったとき、賃借権の相続と解約・残置物の進め方をあわせて読むと、つながって整理できます。

最後に
この仕事をしていると、誰にも報告しないまま気にかけている入居者が、何人かいるものだと思います。カルテがあるわけでも、対応マニュアルに載っているわけでもない。ただ、以前と少し違うことに気づいてしまった、というだけの記憶です。
その「気づいてしまった」は、軽いものではありません。ずっと同じ物件を見てきて、その方の以前を知っているから気づけたことです。それは、管理という仕事だからこそ持てた視点です。
だから、抱え込まなくて大丈夫です。私たちは治す人でも支える人でもなく、気づいて、つなぐ人です。つなぐ先の電話番号をひとつ台帳に書いておく。それだけで、次に気になる日が来たときの自分が、ずいぶん楽になります。
今日は、その一行を書くところまでで十分です。