
家賃改定をお願いする前に|伝える順番と書面の整え方
「そろそろ家賃を上げたいんだけど」。 オーナーからそう相談されたとき、少し気が重くなりますよね。
上げる根拠はある。固定資産税も上がったし、近隣の相場も動いている。でも、それをどう入居者に切り出せばいいのか。角が立たないか、退去につながらないか——。家賃改定は、金額の話であると同時に「人と向き合う」仕事です。だからこそ、いきなり通知を送るのではなく、順番を決めておくと気持ちがずっと楽になります。
結論:家賃改定は、貸主が一方的に決められるものではなく、原則として入居者との「合意」で決まります。だからこそ大切なのは、①上げる根拠をそろえる → ②書面で丁寧に伝える → ③面談・交渉の余地を残す、という順番。強く押すより、納得してもらう道を先に用意しておくほうが、結局は早く着地します。
家賃改定と聞くと構えてしまいますが、やることを分けると難しくありません。まずは次の3つを順番に進めましょう。
- 根拠をそろえる:なぜ改定が必要か、数字と資料で説明できるようにする
- 書面で伝える:金額・時期・理由を、責めない言葉で一枚にまとめる
- 話し合いの余地を残す:合意が前提だと伝え、返答の窓口と期限を示す
そもそも、家賃は一方的には上げられない

まず前提を押さえておくと、あとの進め方が変わります。
賃料は、貸主と借主の合意で決まるのが原則です。契約期間の途中でも更新のタイミングでも、貸主が「来月から上げます」と通知しただけで自動的に上がるわけではありません。ここは、オーナーにも先に共有しておきたいところです。
そのうえで、借地借家法には「借賃増減請求権(しゃくちんぞうげんせいきゅうけん)」という考え方があります。これは、税金や管理コストの変動、近くの似た物件との賃料の差などで、いまの家賃が周りと比べて不相当になったときに、貸主が増額を求められる仕組みのことです(同じ理由で、借主から減額を求められることもあります)。ただし「一定期間は増額しない」という特約があれば、その間は増額を求められません。
とはいえ、実務でいきなり法律を持ち出すと身構えられてしまいます。現場の初動は、あくまで「合意を目指したお願い」から。数字の根拠を示して丁寧に相談し、それでも折り合えないときに、はじめて調停などの制度を検討する——この順番で十分です。まずは穏やかに切り出すところから始めましょう。
ステップ1:上げる根拠を、数字と資料でそろえる
「なんとなく相場が上がったから」では、入居者も納得しづらいものです。伝える前に、自分の手元で根拠を整理しておきましょう。よく使う根拠は、次のようなものです。
- 公租公課の増加:固定資産税・都市計画税が上がった(納税通知書で確認)
- 管理・維持コストの上昇:修繕費、共用部の光熱費、保険料などの値上がり
- 近隣相場との差:近くの似た間取り・築年数の物件と比べて、いまの家賃が低い
- 設備の更新:エアコンや給湯器の交換など、価値を高めた投資があった
数字を出すときは、必ず一度電卓で再計算します。「現行◯円 → 改定後◯円(+◯円、◯%)」と、差額と改定率まで出しておくと、あとの説明がぶれません。近隣相場は、自社で管理している近隣物件の実績が一番たしかな手がかりです。実績が少ないエリアなら、仲介や公開されている募集情報も参考にできます。
根拠がそろわないうちは、無理に金額を確定させないほうが安全です。ここが固まっていれば、入居者に聞かれても落ち着いて答えられます。
ステップ2:書面は「責めない一枚」に整える

書面は、事実(根拠・金額・時期)と敬意(お願いする姿勢)の両方を入れるのがコツです。事実だけだと冷たく、お願いだけだと根拠が伝わりません。盛り込みたいのは次の要素です。
- あて名・物件名・部屋番号
- 改定の理由(ステップ1でそろえた根拠を、簡潔に)
- 現行家賃と改定後家賃、差額、適用したい時期
- これは「お願い(相談)」であり、話し合いに応じる姿勢
- 返答の窓口・連絡先・返信の目安期限
- 日ごろの入居への感謝の一言
適用時期は、契約更新のタイミングに合わせると入居者も受け止めやすくなります。更新案内と同時に出す場合は、送る時期の段取りも大切です。そのあたりは更新案内はいつ出す?通知時期を逆算で決める段取りメモもあわせて見ておくと組み立てやすくなります。
そのまま調整して使える文例
◯◯様
いつも◯◯(物件名)をご利用いただき、誠にありがとうございます。
さて、このたびの契約更新にあたり、賃料の改定についてご相談させて
いただきたく、ご連絡いたしました。
近年の固定資産税および建物維持費の上昇、ならびに近隣同種のお部屋の
賃料水準を踏まえ、下記のとおり改定をお願いできればと考えております。
現行賃料:月額 ◯◯,◯◯◯円
改定案 :月額 ◯◯,◯◯◯円(+◯,◯◯◯円)
適用希望:◯年◯月分より
なお、本件はあくまでご相談であり、一方的に決定するものではございません。
ご不明な点やご事情がございましたら、遠慮なくお申し出ください。
◯月◯日ごろまでにお返事をいただけますと幸いです。
今後とも快適にお過ごしいただけるよう努めてまいります。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
「値上げのお知らせ」ではなく「ご相談」。この一語の違いが、受け取る側の心証を大きく変えます。「上げないと困る」「相場より安いのだから当然」といった押しつけの言葉は、たとえ事実でも避けましょう。
ステップ3:話し合いの余地を、先に用意しておく
書面を送ったら終わり、ではありません。入居者から返答が来たときにどう動くかを、先に決めておくと慌てません。
- 同意が得られたら:合意内容を書面(更新契約書や覚書)に残す。口約束にしない
- 金額の相談をされたら:即答せず、いったんオーナーに持ち帰る。落としどころの幅を事前に相談しておくと動きやすい
- 難色を示されたら:まず理由を聴く。長く住んでほしい入居者なら、据え置きや小幅改定も選択肢
- 返答がないとき:期限後に一度リマインド。強い督促ではなく、確認の連絡として
大切なのは、合意を目指す姿勢を最後まで崩さないこと。それでも折り合えず、周辺相場との差が大きいなど正当な理由があるときは、賃料増減の調停(話し合いによる解決を裁判所が仲介する手続き。訴訟の前にまず行うのが原則)という道もあります。ただしこれは最終手段。現場では、まず穏やかな相談で着地させることを目指しましょう。
やり取りは、日付・相手・伝えた内容・返答を必ず記録に残します。あとで「言った・言わない」になるのを防げますし、次の更新時の自分をきっと助けてくれます。
チェックリスト(コピーして使えます)
家賃改定を切り出す前に、この順で確認すれば、慌てず進められます。全部を一度にそろえなくても、上から順に埋めていけば大丈夫です。
まず根拠(必須)
- 改定の理由を数字で説明できる(税・維持費・近隣相場のいずれか)
- 現行家賃・改定後家賃・差額・改定率を再計算した
- 「増額しない特約」などが契約書にないか確認した
- 適用したい時期を決めた(更新に合わせると受け止めやすい)
次に書面(必須)
- 「決定」ではなく「ご相談・お願い」の姿勢で書いた
- 理由・金額・時期・返信期限・連絡先を入れた
- 責める言葉・煽る言葉を使っていないか読み返した
最後に対話(できれば)
- 同意・相談・難色それぞれの対応方針をオーナーと共有した
- やり取りを日付つきで記録する準備をした
- 折り合えないときの窓口(専門家・調停)を頭の隅に置いた

最後に
家賃改定は、金額を動かす仕事であると同時に、これからも住み続けてもらう関係を保つ仕事でもあります。だから、強く押すより、根拠をそろえて丁寧に相談するほうが、遠回りに見えて近道です。
今日は、手元の一件について「改定の理由」と「差額の数字」をメモに書き出すだけで十分。それが書けたなら、もう入居者に向き合う準備は半分できています。気の重い相談も、順番が決まっていれば、きっと一歩ずつ進められます。